ゆっくりいこう ~不登校ふたりっ子の足跡~

不登校の双子と生きる母の忘備録

マイクラな人生か、カービィな人生か

こんにちは。

 

長男は今日も給食登校しました。

今週は水曜日に校外学習があり、長男は現地集合、現地解散で参加予定。(つまり私が送迎)

今のところ「校外学習の翌日は休もうかな」と話しているから、その他の日は行くつもりのようです。

こうやって見通しが立てられるといいですね。

 

「1学期は行かない」

 

日曜日の夜、次男はどうしても気持ちが落ち着かなくなります。

 

明日は月曜日。

学校がある。

怖い。

 

登校するつもりはないし、私もしなくていいと思っています。

それでもね、学校がある日はみんながどんどん新しいことを学んで、経験を積んで、成長している。

自分が社会から置いて行かれている感覚になるのかもしれません。

長男から学校の話を聞くのも辛いのかな。

 

次男「ぼく、とりあえず1学期は行かない。そう思っておいて」

 

と言われました。

言葉に出さなくてもそうなる気はしていたけど、宣言してしまった方が気持ちが楽なのかも。

 

本人なりに考えていることは色々あるようです。

まずは適応指導教室の見学に行ってみるとのこと。

ひとに会うことに強い不安があるので、まずはオンラインで誰かと繋がるという方法を考えてもいいかもしれません。

 

イクラな人生か、カービィな人生か。

 

先日、子どもたちとこんな話をしました。

 

イクラ(サバイバルモード)みたいな生き方をするか。

カービィみたいな生き方をするか。

 

私はゲームに関して、双子が遊んでいるのを見ている程度の知識しかありません。

カービィはたまに子どもと一緒にやっています)

なので、あくまでも私の知っている範囲での例え話。

 

マインクラフトはゲームの分類上、サンドボックス(砂場)というジャンルに該当するそうです。

決まった遊び方がない。

ゴールもない。

自由に創造し、サバイバルするゲーム。

やれることは無限にある。

その中で知識や経験が増えると色々なことができるようになるし、強くもなる。

 

ただし、何もない状態から始める過酷さもあります。

地道に材料を集め、クラフトして、武器を強化したり効率よく食料を確保できるようにならないと生き延びることができない。

自分の頭で考えないと、何もできない。

そんなゲームです。

 

一方、カービィのゲームは、用意されたステージをひとつずつクリアしていくタイプのゲーム。

ミッションをこなし、アイテムをゲットして、ステージを進むごとに必然的にステータスが上がっていくように構成されています。

ラスボスに辿り着く頃には、それなりの装備と経験が自然に備わっている。

 

これって、順調に義務教育を受け、高校、大学や専門学校などを経て社会に出るという、いわゆる「一般的」なルートと似ています。

もちろん、以前に比べればそれもずっと多様化していて、色々な選択ができると思うけど。

いずれにしても過程にあるステージを攻略していけば、それなりの知識や経験が身につくようになっています。

 

学校に行かず、自分なりに学んで歩んで行こうとするのは、いわばマイクラみたいなもの。

自分の考えがないとやれることがない。

でも、考える力がある子にとっては、やれることは無限大。

得意なことに特化して、自分のステータスを強化することだってできます。

カービィのように効率よく知識や経験を身につけることはできないかもしれないけれど、マイクラは極めれば無限の可能性がある。

 

次男「ぼくは断然マイクラな人生がいい」

長男「ぼくはどっちかと言うとカービィかな」

 

2人の意見は、やっぱりなという感じ。

どちらが正しいということではないし、明確にどちらかである必要もありません。

自分に合う生き方はどちらか、だと思います。

 

ちなみに夫と私はマイクラをいまいち楽しむことができません。(そもそも私は操作ができません)

何をしても自由と言われると何をしていいのかわからなくて。

カービィみたいに用意されたステージを攻略していく方が楽なんです。

 

でも、次男はそうじゃない。

イクラみたいな人生だっていいと思います。

何をしたいのか。

知識や経験値をどうやって増やすか。

いっぱい自分で考えて生きていって欲しいです。