こんにちは。
中学の卒業式を来週に控え、長男は歌や式典の練習を頑張っています。
同級生たちと一緒に参加することはなかった小学校の卒業式から、なんて逞しくなったのだろう。
次男は校長室で卒業証書を授与される予定。
「本当は教室にぽいっと置いておいて欲しいくらい。ただ持って帰るんじゃダメなの?」
形式ばったことがとても苦手な次男の本音です。
私も別にそれでいい。
けれど、学校側としてはそうもいかないらしく。
校長室でそれなりの形で執り行うそうです。
本人の希望により、列席する先生の人数はかなり減らして頂きました。
校長先生、教頭先生、支援級の先生(3名)、学年の先生(7名くらい)は確かに多すぎる・・・。
極力最少人数でとお願いしました。
児童精神科に通って7年
我が家の双子は児童精神科に7年近く通っています。
通い始めたきっかけは学校に行けなくになったこと。
当時は子どもたちの発達の凸凹やこだわりの強さについて、あまり認識していませんでした。
でも、子どもが壁にぶち当たって初めて見えてきたものがたくさんあります。
心理、精神発達、精神疾患等々の知識が蓄積すればするほど、それぞれの特性がはっきり見えるようになって、私の関わり方も変わりました。
3年前からは私自身も同じ病院で診て頂いています。
その児童精神科では、一筋縄ではいかない子育てに疲れ果てて受診するお母さんはとても多いそうです。
現在通っているのは「児童」精神科なので、基本的に初診は中学生まで。
再診なら中学卒業後も継続的に診て頂くことができますが、皆さん18歳くらいを目安に転院を考えるとのこと。
我が家もいずれは転院を考えなければ・・・と思っていたところ、今の主治医が近々独立開業すると教えてくださいました。
児童~思春期~大人まで、継続的に通えるクリニックを立ち上げるそうです。
今の先生に診てもらうようになって2年。
優しくてとても良く話を聴いてくださる先生です。
お薬の調整も細やか。
私としては、今後も同じ先生に診て頂きたいという気持ちが強い。
精神科の主治医が替わるというのは、患者としてはなかなか大変。
カルテが引き継がれるとはいえ、先生との関係性を構築していくのに少なくとも半年はかかります。
(過去に2度主治医が替わった経験から得た私の感覚です)
ちょうど中学を卒業するし、転院の良いタイミングかも。
次男のカウンセリング
次男は昨年末から児童精神科でカウンセリングを受けています。
2週間に1回、約1時間。
最初の頃は行き渋ることもありました。
行ってもうつむいたまま。
本人の希望で、私もずっと同席しています。
ほぼ私と心理士さんが話しているという状況で、続ける意味あるかな・・・と思うほど。
それから回数を重ね、今はプレイルームでおもちゃの整頓をしながらお話するまでに成長しました(狭い部屋で顔を突き合わせて話すのがどうにも苦手)
心理士さんの柔軟性と心を解す手腕がすごい。
最初は長く感じた1時間が、あっという間。
私の同席は相変わらずですが。
ここで問題となったのが、転院=心理士さんも替わる、ということ。
転院先にも心理士さんはいるので、カウンセリングを受けることはできます。
でも、次男としては、新しい心理士さんとの関係をまたゼロから築かなければいけない。
せっかく、ようやく慣れてきたのに。
継続的な支援を受けるということ
主治医が替わるのを避けたい私と、心理士さんが替わるのを避けたい次男。
どうしようか悩みました。
もちろん次男とも相談して、主治医と心理士さんとも相談して。
結論としては、次男の意思を尊重することにしました。
次男は今の児童精神科でカウンセリングを続けることを優先する。
主治医が替わるのは止むなし。
どのみち数年後には転院することになるため、タイミングをみて転院予定。
そして長男と私は、今の先生が開業するクリニックへ転院することに決めました。
(長男は高校生活が軌道に乗って安定すれば、通院を卒業することも考えています)
私としては、学校という外との繋がりがなくなるこのタイミングで、次男が受けられる継続的な支援を途切れさせたくない。
でも、私自身も今の主治医に継続的に診て頂きたい。
あっちもこっちも通院することになるため、時間と労力はかかります。
でも、その労力を差し引いて考えても、これが今のベストな選択だと思います。
進学や進級で人生のステージが変わるときには、当たり前に登場人物が入れ替わっていくもの。
それに適応することで人との繋がりを広げ、多様な価値観を獲得し、成長していくのだと思います。
一方で、時間をかけて築いた信頼関係を大事に継続していきたい場合もある。
これから先、どこかでまたステージが変わり、登場人物が入れ替わることがあるかもしれません。
その時はその時で考えるけれど、今はその時ではない。
たぶん。
何年経っても正解はわかりません。
ゆっくり考えながら歩むだけです。