ゆっくりいこう ~不登校ふたりっ子の足跡~

不登校の双子と生きる母の忘備録

ちゃらんぽらんな世界

こんにちは。

 

今日は冷たい風が吹いていますね。

今シーズン一番の冷え込みだとか。

 

さっき給食登校から帰ってきた長男は、温かいカフェラテを飲みながらマンガを読んでいます。

次男もふわふわのカーペットの上で、毛布にくるまってゴロゴロ。

 

こーんな居心地良い家、ある?

外は寒くても、暖かくてくつろげるお家があるって幸せですね。

 

3本目のメガネ

 

私は子どもの頃から視力が良くて、今も日常生活は裸眼で過ごしています。

それなのに・・・なんと今年一年で、メガネを3本も作りました。

 

1本目のメガネは運転の時に使う近視用。

運転免許の更新前に視力検査が心配で作りました。

結果的には裸眼でクリアできたけど、今はもうメガネなしの運転は怖いです。

以前から怖かった夜間や雨の日の運転が怖くなくなりました。

 

2本目のメガネはPC用の中近両用。

昨年くらいから、PCの文字や線がぼやっとしているのがずっと気になっていて。

見えているし字も読めるけど、目がすごく疲れる。

 

近視用のメガネをかけると、モニターははっきり見えるようになります。

けど、今度は手元の資料の文字がぼんやり。(図面の文字って細かくて)

PCのモニターと手元の資料、両方に対応するために中近両用を勧められました。

 

で、先日作った3本目は、いわゆる老眼鏡です。

子どもの頃から視力には自信があったのに、42歳で老眼鏡のお世話になるとは・・・。

 

私、手芸やミニチュア作りが趣味で、細かい作業が大好きです。

でもね、以前は裸眼で難なくできていた作業が、見えない! できない! というのがだんだんストレスになってきました。

人間、加齢とともに手指の巧緻性も衰えて行くけど、先に衰えを実感するのは視力の方でした・・・。

 

視力検査の結果では、今のところ老視の入り口に立っている程度。

普通の生活を送る分には、まだまだ老眼鏡はなくても大丈夫だそうです。

新聞も本も裸眼で読めるしね。

でも、細い針に糸を通すような作業はやっぱり困難なので、少しだけ度が入ったメガネを作ってもらいました。

 

店員さん曰く、40代にもなればみんな老視は始まっているそうです。

ただ、いつそれに気づくかの違いなのだとか。

「もともと視力の良い方ほど、早く違和感に気づくんですよ~」と教えてくれました。

リップサービスも入っているかもしれないけど、ちょっと納得。

 

脳内のイメージと実際の情景

 

この手元用のメガネ。(老眼鏡って言葉、イヤですよね・・・)

度が弱いので、夫がかけてみても「全然変わらない」と言われるんです。

 

でも、私がかけて細かい作業をしてみると。

うん、ちゃんと見える!

頑張らなくても焦点が合って、細かい作業がストレスにならない。

 

もともと視力が良かった私は、裸眼でもクリアに見えるのが当たり前でした。

でも、脳内に描くクリアなイメージと、実際に見える情景にだんだんと差が生じてきて。

わずかだけど、その差に違和感があってストレス。

 

普段はコンタクトをしている夫は、遠視と乱視があります。

おまけに左目だけ白内障の手術をして左右で見え方も違うらしく、なんだか複雑な目をしています。

たぶん、私とはもともと持っている脳内のイメージが違う。

見えている情景も違うのでしょうね。

 

これって、人間も一緒かも。

 

根が真面目だったり、完璧主義的な思考があるひとほど、不登校うつ病になる傾向があると言われていますよね。

きっと、脳内に鮮明なイメージがあるのだと思います。

理想とする世界に、理想とする自分。

 

でも、現実の世界はそんなに完璧じゃない。

だから脳内のイメージに届かない現実にストレスを感じるし、イメージに近づくためにがんばらなきゃと思う。

脳内のイメージがもっとちゃらんぽらんな世界だったら、そんなストレスは感じないのかもしれません。

それほど鮮明じゃなくて。

ちょっといい加減で、適当で、ざっくりした世界。

 

うちの双子も根が真面目なタイプ。

子どもらしからぬ「べき思考」に色々縛られている気がします。

きっとそれを植え付けてしまったのは私・・・。

今は私も子どもたちもだいぶ柔軟になってはきたけど、根本的にはなかなか変わらないものなのだと思います。

脳内のイメージが、もう少しちゃらんぽらんな世界だったらいいのにな。