こんにちは。
昨晩は夫と次男と3人で、夜桜を見に行ってきました。
小さく写っている光は星ではなく月です。
長男は行かないと言ってお留守番。
ひとり時間が欲しかったようです。
夜にひとりでお留守番したいだなんて(19時半過ぎには帰宅したけど)
成長を感じます。
次男はなるべく人混みを避け、ひっそりしているスペースを見つけながら桜を満喫しました。
次男はいつまで付き合ってくれるかしら。
前回に引き続き、私の両親と姉、姪っ子が遊びに来ていた時のお話です。
↓ 前回の記事
次男、ぬいぐるみのお医者さんに
両親たちの来訪2日目。
長男と姪っ子が遊び始めても、次男はまだ距離を縮められず。
やっぱりこういう時、次男には何か仕事があると落ち着きます。
そこで目についたのが、姪っ子の持ってきたぬいぐるみ。
(うちの双子に負けずぬいぐるみ好きの姪っ子です♪)
eco「姪っ子ちゃんの持ってきたぬいぐるみで、治療が必要な子はいない? いたら次男が治療してくれるよ」
と言ってみると、ちょうど中身の綿がへたったぬいぐるみを持ってきていました。
あら、4年前にプレゼントしたすみっコぐらしのしろくま。
次男、綿の詰め替えならお手の物。
その場でお預かりして、すぐに手術開始。
40分くらいかけて、丁寧に仕上げていました。
次男が黙々と手術をしている間、父がずっと隣に座って作業を見ていました。
話しかけるでもなく、じーっ。
たまに材料や道具を手に取ってみたり、正面にいる私と話しながらも、じーっ。
私は内心、そんなに見られると次男が緊張するじゃない! と思っていました。
日頃から人目をすごく気にする子です。
得意なことも、見られていると実力を発揮できないタイプ。
でも、不思議と次男は気にしていない様子。
次男の作業が終わり、道具を片づけ終わるところまで、父はただただじーっと見ていました。
父「ちょっと見せて」
手術が終わったばかりのぬいぐるみを手に取って、まじまじ。
父「上手なもんだね」
そこからです。
次男が少しずつ口を開き、将来はぬいぐるみを作ったり、治療したいという話をぽつりぽつりとしていました。
父「ぬいぐるみが好きじゃなきゃできない仕事だ。それにぬいぐるみの存在を心の支えにしている人は、たぶん次男くんが思っているより沢山いるよ」
次男とじぃじ
次男は小さい頃から、妙にじぃじと気が合いました。
娘の私からすると、ものすごい優しさオーラが滲み出ているわけでもなく、フレンドリーな雰囲気があるわけでもない父。
子どもが好きなオーラは出ているけど。
どちらかと言うと淡々としていて、頑固なところもある。
冗談に絡めて正論を説いてきたりするひとです。
実は私、子どもの頃はかなりのパパっ子でした。
毎日「早く帰ってきてね」がお見送りの挨拶。
病院へはパパと一緒じゃなきゃ行かない! みたいな。
知識の引き出しが豊富で、色んな話(内容は硬い)をしてくれるのが楽しかった。
何かを強制されたり、口出しされたり、叱られた覚えはほとんどありません。
だから思春期に反抗することも特になく。
私が「こうしたい」と言えば「そう」と受け止めてくれる。
自分の考えをはっきり言うタイプだけど、押し付けてくることはない。
かと言って、特別優しいわけでもありません。
だから、人見知りで警戒心の塊のような次男が、なぜ父と馬が合うのか、ずっと不思議でした。
双子の幼少期に何度も長期滞在してくれた母と違い、一緒に過ごしてきた時間も短いのに。
でも、次男の作業をずっと眺めていた父を見たら、ちょっと納得。
「見守る」ということ
次男のぬいぐるみ作りの腕は確かに上がっていて、完成品は売れるレベルだと思います。(オリジナル作品ではないので販売できませんが)
ありがたいことに、「すごいね」「可愛い」と言って下さる方が沢山います。
それはそれですごく嬉しいことだし、褒めてもらうたびに次男の自信が少しずつ少しずつ積み重なっています。
父は完成品のぬいぐるみを見ただけではなく、次男の作業の過程をずーっと見ていました。
丁寧に糸をほどいて元々の中綿を出し、
一番可愛い姿になるように綿を詰め直して、
色んな角度から何度も確かめてバランスを整え、
一針一針、丁寧に縫って綴じていく姿を。
その全部を受け止めて「上手なもんだね」と言ってくれるじぃじが、次男は好きなんだろうな。
心から感心して出た言葉だということが、私にもわかりました。
次男の一挙手一投足に目を凝らして、ぬいぐるみに対する愛情や真摯な気持ちなんかもひっくるめて、褒めてくれた。
自分自身に興味を向けてくれた。
そういうのって、すごく嬉しいですよね。
子どもを見守るって、言葉にするのは簡単です。
不登校になって、精神疾患とも付き合っていかなければならない状況で、親にできるのは結局見守ることだけ。
でも、私が今までやってきた「見守る」は、子どものやることに口を挟まずに、本当は言いたい小言を我慢していただけかも。
子どもが夢中になっていることに興味を持って、じーっと見てきたかな。
「見守る」ってこういうことか・・・と、父に教えられました。