ゆっくりいこう ~不登校ふたりっ子の足跡~

不登校の双子と生きる母の忘備録

社会性って・・・?

こんにちは。

 

我が家の玄関前のサルスベリの木、花が咲き出しました。

真夏に咲く小さな白い花、私のお気に入り。

サルスベリが咲くと「夏!」という感じがするのだけど、梅雨明けまではもう少しかかりそうですね。

 

家庭菜園のお野菜たちも、ぽつぽつ収穫できるようになってきました。

今はトマト、きゅうり、枝豆。

枝豆は味が濃くてとっても美味しい。

夫と長男の前に置いておくと、あっという間に無くなります♪

 

ひととの関わり

 

先日、長男と通信制高校の話をしていた時に「長男は高校に行って何がしたいの?」と聞いてみました。

その時返ってきた答えが

「ひとと関わりたい」

 

へぇ・・・そんな風に思ってたんだ!

ちょっと意外でした。

 

夫はひととの関わりを結構重要視していて。

次男が進学しないつもりであることに難色を示しています。

というか、明確に言えば反対だそうです。

 

ひととの関わりがあまりに無さすぎる。

このまま大人になっていいの?

というのが、理由。

 

夫は次男がぬいぐるみ作家になりたいこと、現状学校に行けないことは受け入れています。

でも、中学を卒業して高校に行かず就職もしなければ、肩書が何もなくなる。

どこにも所属しない状態で、将来的に自立なんてできるの?

社会性がないまま大人になっちゃうよ。

と言います。

 

社会性ね。

確かにひとと関わるのは大事だし、人間ひとりでは生きていけない。

のは、わかる。

わかるけど。

 

なんだか私がもやもやもやもや・・・。

夫が次男に望んでいる未来は、私とは見ているところが違う気がします。

 

次男に足りないもの

 

小学校3年生からまともに学校に行っていない次男(長男もだけど)

足りないものは沢山あると思います。

人生の中でも吸収力が高いであろう時期に得られなかった一般教養や経験は、きっと取り戻せないものの方が多い。

 

でも、学校に行けなくなったからこそ得られたこともあるはず。

それは自分と向き合うことだったり、生きる意味を考えることだったり。

好きなこと、やりたいことを見つけられたのだって、今の次男だからこそだと思います。

 

夫の心配もわからないわけではありません。

次男はひととのコミュニケーションに難があります。

社会不安障害と診断されているくらいだから、それは否定できない。

家族以外の他人とはほぼ喋ることがないので。

 

でも、私は次男の社会性がないとは思わないんですよね、全然。

むしろ、喋らないのに社会性を感じさせる次男、すごいなぁとさえ思っています。

 

社会性ってなに?

 

次男は私が自治会の集金に回る時、必ず一緒に来てくれます。

eco-hs-o.hatenablog.com

 

私ひとりで出来ない仕事ではないけど、次男も地域活動に参加したいという気持ちで協力してくれています。

やっぱり、近所の方と言葉を交わすことはありません。

でも、自分の役割をきっちり果たすこと、「お疲れ様」と声掛けしてくれる人の言葉を会釈で受け取ることはできます。

 

周りをよく見ていて気が利く次男。

親の私が言うのもなんですが、優しいエピソードを挙げたら枚挙に暇がありません。

 

私や夫がソファで横になっていると、すかさずブランケットをかけてくれる。

お昼時に私が不在だと、ちゃんとお皿を洗ってくれる。

サルスベリの枝が玄関前のアプローチに飛び出して伸びてくると、邪魔にならないように剪定してくれる。

eco「気づいてやってくれたの? ありがとう。助かる!」

 

生活圏がほぼ家庭内なので、他人に同じようにできるかというとわかりません。

夫は逆で、職場(介護職です)では利用者さんにも同僚にもちゃんと気配り上手らしいのに、家庭では全然です。

それもどうなの?

 

正しくあろうとする気持ち。

自分に何かできることはないかと考える優しさ。

事件や事故、戦争、自然災害による犠牲などに心を痛める想像力。

次男を見ていると、そういうのがちゃんと育っていると感じるんですよね。

 

これ、社会性がないって言うの?

 

集団行動や他人と協働するようなことは苦手だけど。

学校に行かない=社会性が育たない

と考えるのは、ちょっと横暴な気がします。

 

社会性を「協調性がある」「集団との調和」と定義するなら、確かに次男にはないのかもしれません。

でも、社会性ってそれだけじゃないのでは。

よく使われる言葉だけど、とても広義で曖昧ですよね。

 

次男はいざとなったらちゃんと生きていけると思うのは、私の考えが甘いのかしら。

夫と長男の方がはるかに心配な私です。